むだなものを愛しつづけられる人間でありたい

たとえば誰かに手紙を書くように、何気ない出来事を綴るとしたら。

ありがとう、中禅寺湖。

9月は、優しい。
そういえばはじめてここに来たのも9月だったな。3年前。

 

あと1週間。
前に佐渡から帰るときみたいに、しゃれた感じで文章書けないかなってここ数日考えているけれど、言葉が出てこない。最近読んでないもんな。「文学は、乱読からはじまる」って、cow booksのインスタが言ってたし。まあ文学なんて崇高なものじゃないんだけれど。

 

辞めなくてもよかったのかもしれない。
人との関わり方、過ごし方、その先の話。
自ら変えることは、きっとできた。
活かすことはできた。はず。
けれどそう思うのは、辞める、という選択をしたからこそ見えてきたもので、皮肉なものだと思う。
色々と、将来のこととか、大きなこととか、頭をよぎる。たぶん、大事なこと。
計画を立てて、逆算して、ひとつづつ。
そんな風にちゃんとできていれば、きっと今はここにはいない。
うまくできなかったから、ここにいる。
大切にしたかったけどできなかったたくさんのこと。
それでも出会えた、関わり続けたいと思える人や場所。今、自分ができること。
たぶん、これだけは譲れないもの。
想像した未来に、ワクワクするか。
それだけな気がする。
この人と一緒に働きたい、と思える人の近くで、できることを積み重ねる。

 

なんだ、はじめからあったじゃん。
そういう環境にいたじゃん。

 

失いたくないもの。
これからはもう見失わない。

 

人と関わるということの難しさを教えてくれた。
人と深くつながれる喜びを教えてくれた。
夜と朝のあいだのうつくしさを教えてくれた。

 

ありがとう、中禅寺湖
もうすぐ、満月。