むだなものを愛しつづけられる人間でありたい

たとえば誰かに手紙を書くように、何気ない出来事を綴るとしたら。

建物は残せなくても、ものがたりは残したい

大磯散歩。

不動川に沿って、旧東海道を少し。
立派なお家とか古いお家とか多い。建物は新しくなっていてもものすごく立派な門構えは残っていたり。
きょろきょろしちゃう。じーっと見ちゃう。
不審がられないようにほどほどに。

 

もう何回も何十回もいや百回以上?使っているバス停と、うちのあいだの空間。
ふだん通る道を一本入ってみるだけで、別の地域に来た気分。たのしい。
旧東海道沿いだから新旧まじりあっている感じもたまらない。なぜここに道祖神が。現代というベールに覆われた中からきらりと光るお宝を探し当てるような。価値があるかどうかはわかりません。

 

それにしても、空き家(たぶん)、ちらほら。
むかしからのお家だったらきっと、建具とか、装飾とか、意匠をこらしてあるんだろうなあとか、どんな人が住んでいたんだろうか、きっとそれなりに裕福だったからお客さんとかも招いていたんだろうし、そうなるとやっぱり内装はこだわっていたんだろうなあとか、もしわたしが億万長者だったら全部の空き家買い取って保てるようにしたいけれど、残念ながらそれは夢物語。
壊されてしまったり立て直されてしまう前に、せめて、この建物が歩んできたものがたりを、残したい。というか知りたい。地元のことだし。
不動産屋さんに聞いたら見せてくれたりするのだろうか。
地元の観光協会の人とか?つながりつながり、で何かひらけそう。
空き家問題とのわたしなりの向き合う方法。

 

なんてことを、歩きながらぐるぐると。
やっぱり散歩はいい。