むだなものを愛しつづけられる人間でありたい

たとえば誰かに手紙を書くように、何気ない出来事を綴るとしたら。

弱さを受け入れて、ハグをしよう

NHKドラマ「こもりびと」を観た。1年くらい前の。たぶん。
30歳から10年ひきこもっている男性を松山ケンイチが、その父親を武田鉄矢が演じているドラマ。

武田鉄矢演じる父親は、元教師。厳格な感じ。地域の目とかもある。胃がんステージ4の診断を受け、息子と向き合う。

息子のSNSのアカウント名が「カチナシオ」。
ブルーハーツが好きでその歌詞を引用しながら自分の気持ちを吐き出している。
そのSNSを使いながら少しずつ息子と会話していく、というような内容。

 

正社員、非正規雇用
パワハラ、セクハラ。
優秀な人間か、そうでないか。
個性があるか、ないか。
選ばれるか、落とされるか。
必要とされるか、不要とされるか。
有能か、無能か。

 

"人間の価値"って何で決まるんだろうか。
というか、決められるのだろうか。
人間に、生物に、優劣なんてあるのだろうか。

 

結局、自分の価値を決めているのは自分自身なんだろうな、と思う。最近、よく。
自分は価値のない人間だ。
なぜなら、誰でもできる単純労働をやっているから。
ただ上からの指示を受けてこなしているだけだから。いずれロボットに代わられる。
契約のひとつも取れない。
理解するのに時間がかかって、いつも上司をイライラさせてしまう。
得意なことも人に自慢できる才能も何もない。資格も何も持ってないし、何をやっても続かない。
だから、自分には何の価値もない。
生きている資格ない。

 

価値って何だろうか。
生きるのに資格って必要なのだろうか。

 

世の中を変えることは、きっとものすごく難しい。高い壁。高すぎる。
いろんな考えの人がいて、様々な価値観を持っているから。
その人たちの考えを変えようとすることは、あまりにもしんどすぎると思う。ここは逃げよう。

 

自分が思う自分の価値を、価値というか、自分自身のありのままを、堂々と、言えるようになったらいいと思う。
弱さを認めること。
東大に合格するためにもまず必要なことって桜木先生が言ってた気がする。

 

でも、自分の弱さを認める、受け入れるってむずかしい。悲観的になってはいけないし、どうでもいいやって適当に結論づけては意味ないし。自分自身に絶望するかもしれないし、今までの人間関係全部なくなるかもしれないし。とか。

 

そんなとき、ありのままの自分を、受け入れて、愛で包んでくれる人がひとりでも近くにいたら、きっと救われるんだろうなと思う。
共感。仲間。
物理的な、ハグとかもきっと効果的。文字通り包まれる感覚。結構、大事だと思う、ふれあい。

物理的ではないけれど、共感とか仲間とかというところで、SNSも拠りどころになるのかもしれないな、と思ったり。
最近、あたらしいSNS、平和なSNS、本音が言えるSNS、とか見かけるようになって、その意味についてなるほど!といま思えた。

 

"君の弱さも強さも全部まとめて面倒みるから"

と言ってくれる人が現れるのを待ちたいけれど、そこは自分自身で面倒を見るしかないんだろう。

 

それでも、いま苦しんでいる人に何ができるだろう。何かできるだろうか。