むだなものを愛しつづけられる人間でありたい

たとえば誰かに手紙を書くように、何気ない出来事を綴るとしたら。

日光東照宮に行ってきました

長いこと(といっても2年経ってないくらい)日光に住んでいて、家から30分くらいで行ける距離にあるのに、こっちに来てから一度も立ち寄っていなかった超有名な場所に、ようやく、行ってきました。

日光東照宮
かの有名な。世界遺産日光の社寺」の二社一寺のうちのひとつ。

もともと、行くつもりはなくて。
9時すぎのバスでいろは坂をくだり、西参道から神橋にかけてちょうどよいお気に入りお散歩コースがあるんですけど、そこを通って神橋にぬけよう~と思い歩いて行ったら、あまりの人の少なさに(というかほぼゼロ)、朝だし緊急事態宣言出てるし、それでも、黒田長政が寄進した鳥居の前まで行って引き返そうって思っていたんですが、ゆっくり見られる機会はもうそうそうないのでは?という天の声に導かれ、観光してきました。

実は、小学生以来。10歳だとして約20年ぶり。約ね、約。
いろいろと、歴史を知った今だからこそのおもしろさがありました。
誰が寄進したとか。大名から寄進された灯篭が立場(外様か譜代か)によって置かれている場所が違うというところとか、おもしろいと思う人とはきっと仲良くなれそうです。
御水舎まで立派だなあ。

陽明門は修理を終えたばかりなので綺麗でしたが、表門とかほかのところはそれなりに傷んでいて、でもこういうところも少しずつ直していって、いままでもそうして直してきて、約400年、維持されているって、すごいなあと改めて感じました。人の想い。
徳川の世は終わってしまったけれど、明治の世になっても、板垣退助とか大鳥圭介とか、安生順四郎とか、たくさんの人の想いによって、守られ維持され、令和の時代になってもこうして古に思いを馳せることができるなんて、本当に、ありがとうございます皆さま。
今が、徳川家康が思い描いていた平和な世の中かどうかはわかりませんが、神格化されて世界中のたくさんの人に祈られて、世界の平和を見守ってくださっていることでしょう。

それにしても、ひとりの人物が神格化されて400年間もの間たくさんの人がこの地を訪れて、おもしろいなあと思います。いまで考えたら、たとえば菅さんが神格化されて、400年後の人々までが、ありがたや~ってお参りにくるってことですもんね、ちょっと違うか、でも似たようなもん。

奥宮の隣に叶杉っていう樹齢約600年の杉があるんですが、この杉は果たしてまだ生きているのか?と思うくらい、痛そうでした、かなり。でも、形をとどめることに意味があるのでしょうか。ちょっと複雑な気持ちになりました。

御本社は、雰囲気が別格でした。
「将軍着座の間」があり、ツアーなどでしか入室することのできない場所なのですが、ここかあ、と思いつつ、今度ツアーに参加しようと思いました。参加する価値はあると思います。
ちょっと、震えました。なんか雰囲気。
ただ、拝殿内のお守りなどが置いてある場所にいる神主さんと巫女さんが、「Wi-fiがさ~(たしか)」とか「100ギガがね~(たぶん)」とかいう話をしていたので、雰囲気台無し、残念。
雰囲気づくりは大事だなあ、と改めて。まあこれが日光東照宮らしかったりもするんですかね、世俗的というか、何もしなくても人来るし。なんて。

本地堂(薬師堂)の鳴龍とか、桔梗の紋の話とか、逆紋とか、北斗七星の話とか、風水とか、日光東照宮については調べれば調べるほど、おもしろいことが出てきます。まあうっすら気づいていましたけどね。少しずつ、調べていこうと思います。
日光東照宮だけじゃなくて、輪王寺とか二荒山神社とかそもそも勝道上人のこととか、仏教の話とか。

とりあえず、左甚五郎は粋だなあと思いました。