むだなものを愛しつづけられる人間でありたい

たとえば誰かに手紙を書くように、何気ない出来事を綴るとしたら。

何のために働くのか

自分のことを伝えることが得意ではない私が、端的に言葉にすることに時間がかかる私が、大切にしたい価値観は?何のために働くのか?

と問われたとき、秒で答えた。

 

「誰かと、おいしいご飯を食べるために、働く」

 

パッと出てきた答えに、自分でも少し驚きつつ、でも、すーっと腑に落ちる感覚もあり。

多くの人が当たり前だよと思うこと。大事だよなあ、と思うこと。

少し前の私からはきっと、この言葉は出てこなかった気がする。

誰かと、これは文字通り。

一人ではなく、誰かと。

家族でもいい、友人でもいい、きょうはじめましての人でもいい。

会話はあってもなくてもいい。

テレビがついていてもいい。

おいしいご飯を、これは美味しくなくてもいいかもしれない。コンビニ弁当でも、お惣菜でもいい。手の込んだ料理でもいい。おいしいなあって気持ちになるご飯。

あと、大事なこと。ちゃんとお腹がすくこと。おいしいご飯を食べたいって思うこと。働かざるもの食うべからず。健やかに働くからこそ得られる感覚。


私がもし、料理が得意だったり好きだったりするのなら、そんな食堂をやりたい、とかなるのかもしれない。

けれど残念なことに、私は料理があまり得意ではないし好きでもない。

できるならば、毎日誰かに作ってもらいたい。台所に立つのは好きなのだけれど。いや、実は好きなのか。いや、栄養が取れて食べられればいいやという程度なので、おそらく仕事にはできない。

なので、ご飯は誰かに作ってもらうとして。

1日の終わりに、誰かとご飯を食べる。

それさえあれば、あとはどんなことがあっても生きていけると思う。