むだなものを愛しつづけられる人間でありたい

たとえば誰かに手紙を書くように、何気ない出来事を綴るとしたら。

大林宣彦監督からのメッセージ「映画は戦争を無くすことができる」

WTP(World Theater Project)の創業メンバーが集まる飲み会で、大林宣彦監督の作品「HANAGATAMI/花筐」の話になりました。

その中で、代表のさおりさんが、大林監督があるスピーチでこんなことを言ったということを聞きました。

「大林くん、人間というものは本当に愚かなものだ。いまだに戦争もやめられない。こんなに愚かなものはないけれども、人間はなぜか映画というものを作ったんだなあ。映画というものは、いつか必ず戦争という愚かなものを終わらせる力がある」
(口頭のため不正確な部分あります)

 

それを聞いて私は、感激しました。
そのスピーチを聞きたいと、全文を知りたいと思いました。
すると優しいさおりさんは、そのスピーチのリンクを送ってくださいました。

 

記事はこちら

www.shortshorts.org

 

そのスピーチは、

2017年6月11日、東京・明治神宮会館にてSSFF & ASIA 2017アワードセレモニーが開催されました。アワードセレモニーは、オフィシャルコンペティションなどの受賞作品を発表し表彰する場。

表彰に際して、オフィシャルコンペティションの審査員・大林宣彦監督が、自身の戦争体験を織り交ぜつつ、平和を守る存在としての映画の価値について、会場に集まった若い制作者たちに語りました。

(本文より引用)

ということだそうです。

この記事にはスピーチの映像と、全文が書きおこされて公開されています。
その中から、私が個人的に自分の糧にしたいと思った部分を引用してここに載せます。
ぜひ、記事にアクセスして映像を見てみてください。

 

以下、記事より引用

「大林くん、人間というものは本当に愚かなものだ。いまだに戦争もやめられない。こんなに愚かなものはないけれども、人間はなぜか映画というものを作ったんだなあ。映画というものは不思議なもので、現実をきちんと映し出す科学文明が発明した記録装置なはずだったんだけれども、なぜか科学文明というものは年中故障する。故障ばっかりするのが科学文明だ。でも故障したおかげで、記録が正確じゃなくて、人物がすっ飛んだり、とんでもないところに飛んでいったり、おかしな映像がたくさん生まれたぞ。そしてそれを生かしていけば、事実ではない、リアリズムではないけれども、事実を超えた真実、人の心の真が描けるのが映画ではないか」

(中略)

そう、嘘から出た真。まさに映画とは、大ウソつきです。しかしその嘘をつくことで世の中の権力志向から、上から下目線というものが全部壊されて、でんぐり返って見えてくるものがある。

(中略)

しかし日本は、負けたおかげで憲法9条という、奇跡のような宝物を手に入れました。もし世界中の国全部が憲法9条をもっていたら、世界から戦争はなくなっちゃうんですよ。こんな不条理ともいえる、夢ともいえる、世の中の現実とも合わないといえる、まさに事実には合わない憲法だけれども、真には合う。それを信じることが映画の力なんですね。

(中略)

戦争という犯罪に立ち向かうには、戦争という凶器に立ち向かうには、正義なんかでは追いつきません。人間の正気です。正しい気持ち。人間が本来自由に平和で健やかで、愛するものとともに自分の人生を歩みたいということがちゃんと守れることが正気の世界です。政治や経済や宗教までもがどうしても正義をうたうときに、私たち芸術家は、表現者は、人間の正気を求めて、正しい人と人の幸せの在り方を築いていこうじゃありませんか。

 引用以上

 

戦争が、人間と人間が殺し合う状況が、一刻も早く過去のものになることを心から求めます。
かつての、日本の戦国時代の大名同士の戦が過去のものになったように。
戦争は愚かな行為である、悲しみや苦しみしか生まない、ということはおそらく全人類がわかっていることだと思います。
それなのになぜ、いまだに人が人を傷つける行為がなくならないのか。

自分自身にとっての正義は、大事なものだと思います。
けれどもその正義は、自分にとっては正しいものであっても、ほかの人にとってはそうではないかもしれない。そのほかの人には別の正義があるかもしれない。自分の正義を曲げる必要はないし、相手に自分の正義を押し付けることはもっと不要なことだと思います。
正義が違うから相手は憎い、敵である、排除するべき存在である。
どうして愚かな人々は、すぐそう思ってしまうのでしょうか。
たしかに、自分とは全く異なる正義を持った人のことをわかろうとすることは、容易ではないと思います。エネルギーがいると思います。自分の正義に絶対の自信がなければ、怖いと思ってしまうかもしれません。
でも、だからといって、ラクな方に、自分にとっての安全な方に、簡単になびかないでください。
わかり合う努力をしてください。
正面から見るのが難しければ、斜めからとか横からとか後ろからとか、視点を変えてみてください。

私は、どんなに面倒でも非合理的でも時間がかかっても、自分が苦しい思いをしても、ほかの人の正義を知りたいと思いますし、受け入れる努力をし続けたいと思います。

それが、私が心から求めている、「戦争が、人間と人間が殺し合う状況が、一刻も早く過去のものになること」に対して、私が今できることであるからです。

人はひとりでは無力だけれども、その場で傍観していることと、1歩踏み出していることとでは、きっと違いがあると、私は信じています。