むだなものを愛しつづけられる人間でありたい

たとえば誰かに手紙を書くように、何気ない出来事を綴るとしたら。

150年。光があるところには影があるということを忘れずいたい

朝日新聞、「天声人語」より

明治後期の1906年、作家の徳富蘆花は外遊に出る。日露戦争から間もない時期で、トルコでは、東洋人が白人の鼻を折ってくれたと歓迎された。しかし蘆花の紀行文からは戸惑いがにじむ。日本の勝利が刺激になり、武力に頼る動きが強まることを憂えた。
帰国後に書いた「勝利の悲哀」では、日本のことを爾(なんじ)と呼び、武力をたのむ姿勢を改めよと訴えた。「一歩を誤まらば、爾が戦勝は即ち亡国の始めとならん、而して(しかして)世界未曽有の人種的大戦乱の原(もと)とならん」
その後の日本と世界の運命を考えるなら慧眼(けいがん)というべきだろう。蘆花の願いがかなうことはなく、日本は植民地獲得の競争にひた走った。泥沼の日中戦争があり、無謀な対米開戦から敗戦にいたった。
今年は明治元年から150年となる。政府は「明治の精神に学ぶ」として、国の行事に「150年」の冠をつける方針だ。列強から国を守るため近代化を進めたと礼賛ムードが漂い始めている。ただ明治という時代に、当初から膨張への志向があったことを忘れてはなるまい。
尊王攘夷の思想家、吉田松陰が幕末に書いたのは、海外侵略のすすめだった。「蝦夷地を開墾し、カムチャツカ、オホーツクを奪い取り、琉球を参勤させ、朝鮮に貢納させ、満州の地を割き、台湾・ルソンの諸島を収める」。彼は明治を見ずしてたおれたが、不気味なくらい日本の進路を暗示している。
先人たちの偉大さに学ぶ。同時に限界や危うさにも目を向ける。そんな1年にしたいと思う。

光と影。
影の部分ときちんと向き合える人間でありたい。