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むだなものを愛しつづけられる人間でありたい

20代(女)が思ったことをつらつらと書いていくブログです

新春浅草歌舞伎その1

歌舞伎

1月といえば、これ。
2015年に、せっちゃんにはじめて連れて行ってもらってから、はや3回目。

 

新春浅草歌舞伎。

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8日にきたむーと第1部。
10日にひとりで第2部。

 

まずは8日第1部。

 

席はおばさんに取って頂いて、前から6列目。
役者さんの顔もばっちり見える、花道もばっちり見える、いい席。

 

お年玉ご挨拶は、中村梅丸くん。
すごく真面目なんだろうなあと思わせるご挨拶。
かわいらしくて健気な感じ。
おばさまたちの心をわしづかみにしそうな笑顔。
明日の成人式で成人を迎えるそう。
祝・成人!

 

最初の演目は、
傾城反魂香(けいせいはんごんこう) 土佐将監閑居の場(とさのしょうげんかんきょのば)

 

〇あらすじ

主人公は、吃音の障害を持つ絵師・又八(演:坂東巳之助)。
又八にはおとく(演:中村壱太郎)という奥さんがいて、対照的に口が達者。

 

又八は、一人前になりたいと思っているけれど、師匠はそれをなかなか許してくれない。
それどころか、又八の弟弟子が先に一人前になってしまう。

 

いくらお願いしても一人前にしてもらえず、もう死ぬしかないと決意する又八とおとく。最後に生きた証として手水鉢に描いた自画像が、なんと石をつらぬいて反対側にあらわれるという奇跡がおきる。

こうして見事、一人前になることができたというお話。

 

〇感想

障害を持つ夫とそれを支える妻の夫婦愛が主題の物語で、巳之助さん(又八)と壱太郎さん(おとく)の支え合ういい夫婦ぶりがなんとも。

一緒に死にましょう、最後に絵を描いてください、といっておとくが又八に筆を渡すところで、おとくが又八の手を取って、「手も二本、指も十本あるのに…」というセリフは、もう辛すぎて。普通に泣きました。


絵が貫通するという先の展開がわかっていても、神様お願いします!どうかこの二人を救ってください!と祈らずにはいられないくらい、つらい場面。

修理之助にすがりついて、又八が「修理様」って懇願する場面も、つらかったです。

 

なので最後、絵が裏面にあらわれた瞬間は本当に嬉しかったです。もうほんと自分のことのように嬉しかったです。
又八が新しい着物に着替えて舞を踊る場面なんて、私も思わずとびはねたくなるくらい喜びが胸いっぱいに広がる気分でした。


巳之助さんの表情も本当に晴れやかででもちょっとおどけた顔もしていて、たまらなかったです。


これから先、気持ちが沈んだときはこの又八の表情を思い出せば、どんな困難も乗り越えられる気がします。

 

又八、おとく、おめでとう!そしてありがとう!

 

30分の休憩をはさんで、次の演目。

義経千本桜 吉野山

 

〇あらすじ

義経千本桜は、義経都落ちして逃げている最中のお話。
義経の恋人の静御前(演:中村壱太郎)は、家来である佐藤忠信(演:尾上松也)と共に、義経を探している道中。
桜が満開の吉野山でひとやすみしながら、義経の思い出を語り合う場面。
途中で、早見藤太(演:坂東巳之助)という悪党が出てきてちょっかいを出すけれども、物語性はあまりなく、舞台や衣装や舞踊の美しさを味わう演目。

 

〇感想

この場面は、「恋と忠義はいずれが重い」の語り出しで始まるのですが、主君の恋人とはいえ、家臣とはいえ、ずっと一緒に逃避行していたら、なにもないことはないですよね、という雰囲気も醸し出していて、それがなんとも。
いろいろと想像してしまいます。
それも、楽しい。

 

実はここにいる佐藤忠信は実は狐(源九郎狐)が化けた姿で、この場面では詳しいことは描かれないんですけど、静御前の持っている初音の鼓の皮が実は源九郎狐の両親の皮だという悲しいお話で、去年の新春浅草歌舞伎ではそこの物語が描かれた演目「川連法眼館の場」が上演されて、そこでも源九郎狐は尾上松也さんが演じていたので、今回は二回目の源九郎狐。(わたしにとって)

なので、狐の動きの感じとかは前回も見ていましたけれど、改めてみると、ピシッとしたお侍の立ち振る舞いから急に狐の動きをしたりする振りはやっぱりすごいなと思いました。
一瞬も目を離せない感じ。

 

それにしても、とにかく美しかったです。桜が満開の舞台も静御前佐藤忠信も。
早見藤太のお道化た感じも楽しかったですし、花四天のアクロバティックな立ち回りも迫力がありました。ほんと歌舞伎役者って身体能力高いですよね。

 

新春にふさわしい、華やかな舞台でした。

 

10日の第2部はのちほど。