むだなものを愛しつづけられる人間でありたい

たとえば誰かに手紙を書くように、何気ない出来事を綴るとしたら。

常識を疑ってみる、というおもしろさ

明治維新という過ち【改訂増補版】日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト

第一刷発行:2015年1月15日

 

読書感想文です。

 

たくちゃんから
「これ、好きそう」
って教えてもらった本。

タイトル。
かなり攻撃的です。

 

わたし、日本史が結構好きで、特に江戸時代からいわゆる幕末、明治時代初期あたりが好きで、大河ドラマとか映画とか本とか、そのあたりのものに触れることが多いんです。
歴女なんて語れるほどではないんですけどね。

 

そうしてるうちに、あれっ、て思うようになってきて。

 

学校で教えられてきた、いわゆる『明治維新』は、『鎖国』して閉鎖的だった日本に、『黒船』に乗ったペリーがやってきて『開国』を迫って、このままでは国が乗っ取られる〜!外国人を排除せねば〜!=攘夷という思想が広まって、そのうちこのまま無能の幕府に任せていたのではらちが明かない!諸外国と渡り合えるくらいの力をつけなければ!となって、いわゆる『幕藩体制』が崩壊して、薩長土肥をはじめとするいわゆる『幕末の志士たち』による『新政権』がうまれて、日本は西欧列強の植民地にはならず、見事、近代国家の仲間入りを果たしましたとさ。

という流れで、その中で吉田松陰とか坂本龍馬とか西郷隆盛とかが大活躍しました。
的な感じだと思うんですが、

 

まてよ、って。

 

そもそも、外国人は敵!って言ってた人たちが、気づいたら外国の真似して追いつけ追い越せやってるし、明治維新とかっていうけど、ただの内戦だし、わざわざたくさんの血を流す必要あったの?とか、そこまでして築き上げた新しい国って、本当に人々にとってよくなったの?とか、江戸時代を否定して、劣っていたと位置づけることで、明治の世がいかにすごいかをアピールしてるけど、本当に全て劣っていたの?とか、古き良き日本の文化や伝統を否定してしまったがゆえに、このときに失われたものってたくさんあって、それっていいことではないよね?とか、まあ挙げたらキリがないんですけど、思えば矛盾点だらけで。

 

本の中の言葉を拝借すると、

 

「長州を核とする勝者の言に従いその後の時代を『近代』と呼び、今日の行き詰まりを迎えているのである」

 

「一体『近代社会』とは、どういう要件を備えた社会のことをいっているのか。それは、無条件に『正義』なのか。私たちは、一度でも根底からこのことを考え直したことがあったのか」

 

「今、私たちは、長州・薩摩政権の書いた歴史を物差しとして時間軸を引いている。そもそもこの物差しが狂っていることに、いい加減気づくべきであろう。その為には、幕末動乱以降の出来事をすべてそのまま、飾り立てなく隠すこともなく、正直にテーブルの上に並べてみるべきであろう」

 

もちろん、この本に書かれていることすべてを鵜呑みにしたりはしないです。

でも、明治が終わったら大正、その後に昭和がきて、その後は平成、つまり今、今日につながっているんです。

私と同世代なら、おばあちゃんおじいちゃんが昭和初期くらいに生まれたのかな、そのおばあちゃんおじいちゃんのおばあちゃんおじいちゃんは明治中期くらいに生まれたのかな、そんなもんでたどり着く年月なんです。

この本では、この頃の薩長の体制が陸軍海軍につながっていわゆる大東亜戦争の凶源になったとやんわり書かれていますが、わたしはそこは詳しくないので今はわかりません。

でも、昔は今につながっているんです。
昔があるから今があるんです。あたりまえだけど。

そして今わたしたちが教えられてきた日本史は、いわゆる『官軍』、武力をもってして強制的に国をつくりかえた人たちがこう教えなさいと言ったものなんです。

今話題のイスラム国が、歴史ある像や建造物やいろいろを壊してるニュースは有名だと思いますし、なんて残忍な、人としてありえない、と思っている方々も多いと思いますが、このことと似たような、いや、ほぼ同じことを、いわゆる『官軍』、今私たちが生きている国の形をつくり秩序をつくった人々がやってたんです。

そういう人たちがつくりあげた国であり歴史に、私たちは乗っかっているんだということを、ちょっとでも考えてみてほしいです。
あたりまえのように思ってきたことをちょっと疑ってみるとか、違う角度から見てみるとかしてみるのって、結構おもしろいなあと思うんです。